一杯のコーヒーの背後には、それを支える人の数だけ物語があります。
やまのべ焙煎所では、焙煎士やスタッフ一人ひとりの手仕事と情熱が、日々の味わいをつくり出しています。
本インタビュー企画では、焙煎所のメンバーにスポットライトを当て、その歩みや想いをお届けします。
今回は、やまのべ焙煎所のクオリティーコントロールに携わる滑川裕大さんにお話を伺いました。
英語から始まった道
僕は高校生のとき、英語が本当に苦手だったんです。受験期になってもちっとも理解できなくて、ほぼ暗記でなんとかしのいでいました。
転機は浪人時代。予備校で出会った先生の講義があまりにも面白くて、英語の面白さに気づけたんです。そこから「英語の先生になりたい」という夢を持つようになりました。法学部に進学しましたが、通信制の大学にも同時に通い、英語の教員免許を取りました。
留学とカフェ文化との出会い
コーヒーとの出会いは、イギリス留学中に飲んだ一杯がきっかけです。そのとき初めてコーヒーを美味しいと感じました。
当時すでに大学4年生でしたが、コーヒーを好きになるうち、就職前にどうしてもカフェで働いてみたくなって。エスプレッソマシンを触れる環境を探して、いろいろなカフェに履歴書を送りました。採用してもらえたのは東京・銀座のカフェです。
そこにはTAOCA COFFEEの田岡さんをはじめ、コーヒーに情熱を注ぐスタッフがいて、JBC(ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ)やJLAC(ジャパン・ラテアート・チャンピオシップ)に挑戦する人も多く、毎日が刺激の連続でした。
大学卒業後、カフェ文化の盛んなオーストラリア・シドニーへ語学留学に行きました。名目は英語教師になるために英語力を磨くこと…でしたが、頭の中ではほとんどコーヒーのことばかり考えていました(笑)。語学学校に通いながら現地のカフェでも働きました。
英語がまだ不自由な中でワンオペを任されることもあって、注文を聞き取るのも店を回すのも必死。苦労は多かったけれど、その分語学もバリスタスキルも一気に鍛えられたと思います。
焙煎との出会いと苦闘
帰国してからは、もうコーヒーの道に進もうと決めました。教師になると信じていた両親とは衝突することもありましたが、自分のやりたいことを優先して東京のコーヒー店に就職しました。
最初はラテアートに憧れる、いわゆる普通のバリスタ志望として入社しました。ただ、入って半年くらい経った頃にたまたま焙煎を担当するチャンスが巡ってきました。
でも、これが本当に手応えがなくて。具体的に教わる機会がないまま、「どうすれば美味しくなるんだろう?」と分からないまま豆を焼き続ける日々。美味しいコーヒーを届けたい一心で資格にも挑戦し、入社1年目でQグレーダーに一発・首席合格しました。
でも、資格を取っても相変わらず焙煎は安定しなくて。「美味しくない」と言われても何をどう変えたらいいのか分からないし、逆に美味しく焼けてもメカニズムがわからないから再現できなかったんです。Qグレーダーは3年ごとに更新試験があるのですが、その試験に一度落ちてしまうほど迷走していました。
そんなとき、知り合いの方に焙煎や味の取り方についてたくさん話を聞かせてもらい、インプットを深めていきました。あるとき「焙煎って料理と一緒なんだ」と気づいたんです。温度の変化に応じて素材がどう変わっていくのかを化学的に観察・分析しながら、少しずつ条件を変えて焙煎の試行回数を増やしました。そうすると、徐々に狙った通りの焙煎ができるようになりました。
結局、焙煎を始めてからコツをつかむまでに4〜5年はひたすら失敗を繰り返していたことになります。同世代の焙煎士のなかで、ゲイシャの焙煎にいちばん失敗してきた自信があります(笑)。でも、今ではゲイシャのような高級で繊細な豆も平常心で焼けるくらいになったので、あのときの経験は無駄にはなっていないですね。
「地図をシェアする」という使命
以前のインタビューで、今後の目標は「バリスタ、ロースターの地位向上のため、知識や技術を伝えるプラットホームを作ること」とお伝えしていました。その目標は変わっておらず、現在は専門学校で講師としても活動しています。
僕自身はコーヒーを体系的に学んだことがなかったので、スキルの習得に時間がかかり、遠回りもたくさんしました。でも地図というか、学びの指針みたいなものがあれば、自力で進める人は多いはず。だからこそ「地図をシェアすること」を使命にして、これまでの経験で得たことを惜しみなく伝えています。
自分が関わった誰かがスキルを磨いて、やがて独立してお店を持つ──そんな展開が生まれたら本当に嬉しいですね。とはいえ、焙煎して終わり、伝えて終わり、で終わりたくないので、新しい提案にも挑戦しています。
例えば、異なる要素を組み合わせて、思いもよらない美味しさを生み出すペアリングやコーヒーカクテルですね。知っているもの同士を組み合わせることで親しみやすさと新鮮さが両立すると思っています。「知らない味に出会う感動」を届けられる存在になりたいですね。
コーヒーとともに歩むこれから
やまのべ焙煎所(大一電化社)でも、もっと自分の関わる範囲を広げていきたいです。今は焙煎豆の品質管理がメインの役割のため、主に焙煎部のみなさんと関わっていますが、営業部など社内の他の部署の方にも経験をシェアして役に立ちたいと思っています。
毎月1回、東京ショールームでやまのべ焙煎所の豆のカッピングを行っていて、奈良にある焙煎所と味のすり合わせをしています。これを社外にも広げて、カッピングセミナーとして開催してみたいという思いもあります。
バリスタ、焙煎士、バーテンダー……いろんな肩書きを経験してきましたが、僕はあまり肩書きにこだわりがないんです。結局、「コーヒーが好き」という気持ちでここまでやってこれたと思います。仕事だから「やらなきゃ」と思ったことや、義務感でやったことって一度もない気がしていて。
ただコーヒーに関わるのが楽しくて、夢中でやってきただけ。その積み重ねが、今の自分をつくっていると感じています。
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